「永遠のうた eternal songs 」ふたり姫編第一節
僕は夢を見ている…
「わたしは、あなたを愛することをやめたの…」銀髪がたなびく赤い瞳の美しい女性が、夢の中で自分を見つめている。
「あなたは誰ですか?」自分、猛は問いかける。
Ai,Zero-muh,Shin、神上…猛にはうたが聞こえる。人々が奏でる世界の宇多が…
夢の中で猛は叫ぶ。
「僕は伝えなきゃいけないんだ!うた歌いとして!」
その時、眼前に白銀の刃の閃光が閃き、猛の視界をふさいだ。大太刀の白銀の刃のきらめき。一瞬で消えてゆく生を見つめるような、そんなまなざしを向け、銀髪赤眼の女性が彼を見つめている。
「生は一瞬。えいえんなんて、ないんだよ?」そう女性はつぶやいた。
▼Prologue 神の目覚め
「今まで一度でも罪を犯したことのある者はやめなさい!この子に石を投げるのをやめなさい!」
青いローブをまとった青年が、僕をかばって石の雨をその身に受けている。青年に抱きしめられた幼い猛は、ひたすら怖くて悲しくて泣きじゃくっている。
まただ。またこの悪夢だ。幼いころから繰り返し観る夢の中のビジョン。イスラームでは、姦通を犯した男女は、死ぬまで石を投げ付けられる石打ちの刑が待っているという。さらに最近はそれに加えて、大都会が大津波に飲み込まれていく大災害の悪夢まで観る。まるでノアの箱舟伝説の様だ。
いったいどこの国なのか、ニューヨークマンハッタンの様な摩天楼が大津波に飲み込まれていく。世界の終末というには、あまりにも現実感がない。
「これは、次元上昇というの。セカンドアセンションが近づいているのよ。アトランティス文明が滅亡した時と同じよ。次元上昇の波に乗り遅れた人たちは、波に飲み込まれて死んでしまうわ。生き残る可能性のある人たちの確率は、現在33%・・・」銀髪赤眼の女神がそう教えてくれた。
「青法王と黒い城、この二つのキーワードを覚えておいて。あなたを導き助ける二つのカギよ。」
僕は悲鳴とともに目を覚ます。下手なアクション映画の見過ぎと思いたい。脂汗と涙がほほを伝う。最近は毎朝号泣だ。
僕は何者なんだ!僕の犯した“罪”ってなんだ!いったい僕がどんな罪を犯したっていうんだ!そんな、怒りとも恐怖とも罪悪感とも悲しみともとれる感情が渦を巻いて湧き上がってくる。
「猛ちゃん、猛ちゃん! もう、起きろー! おーい、目は覚めた?」どこか懐かしい瞳がのぞき込んでくる。幼馴染の少女だ。大柄で筋肉質な体つきは、よく鍛えられたアスリートのものだ。短い、おかっぱ状の髪型が、さばさばした性格によく似あっている。
はて、こいつの名前は?ひかり?ヒカル?一瞬頭が回らなくて思いだせない。思い出そうとしてまなざしが遠くを泳ぐ。
こいつのことは、大昔から知っている気がする。はるか昔から。でも、今この瞬間出会ったような感覚もある。
「ごめん、ちょっと寝ぼけてる。冗談として聞いてくれ。あんた誰だっけ?」
少女は真顔になってつぶやいた。
「ずっと猛のこと見つめてきたのに、忘れちゃったんだ…。それは良いとして、ずいぶんうなされてたね。またいつもの夢?大丈夫?」(みつめていたのは誰?)
「ほんとごめん。シータ…」猛はその名前を口にしてハッとする。夢と現実が交差(クロス)していく。それは、この身をささげた愛の記憶。永遠のうた。
これが始まりの終わりだった。可能性という未来を紡ぐ猛のさだめの重い使命の…。
ひとの運命は決まっている。しかし、ひとには運命を決める自由がある。自由意志という可能性。選択の自由で、人の運命は変えることができる。今はまだ、どちらともいえる。
シータ姫とは、インドの古代叙事詩、ラーマヤーナ物語のヒロインだったな。ビシュヌ神の化身、ラーマ王子の妻だっけ?
ひかる、もう好きなやつとかいるのか?昔からの幼馴染ではある。木下ひかるというのが目の前の少女の名前だ。
窓外から、一匹の黒猫が部屋の中を覗いて居る。人の様な知性を感じさせる目をしている。“吾輩は猫である”とでも言いたいのか?相馬猛は、猫をにらむ。X.X.X。猫がガラス窓をひっかいていった。(みつめていたのは何?)
お帰り、黒猫ちゃん。黒猫の飼い主と思しき少女が黒猫を抱きしめる。猫を使い魔に持つ三人の謎の少女たち、青い月の少女たちはつぶやいた。
▼第一節 赤い瞳の龍
やっぱり悪夢にうなされると気分が悪い。相馬猛はいつものように学校への登校途中、自転車を手押ししながらぼんやりと物思いにふけっていた。先ほどの悪夢にうなされていた少年の名を、相馬猛という。年齢は17歳、関東の地方都市に住む県立高校の高校生である。
学校の近くでは、自転車は手押しすることに校則で決められている。周りを、クラスの同級生が互いに挨拶を交わしながら追い抜いていく。
「帰りにクリニックに寄って行くか。定期報告を兼ねて。」
猛がぽつりと独り言をつぶやいた。クリニックというのは、かかりつけのメンタルクリニックのことである。悪夢を見始めるようになってから、定期的に通院している。
先ほどの大柄短髪少女の名は木下ひかる。一つ年下の、16歳の幼馴染だ。ほかにも仲がいい大学生が幼馴染にはいる。いつも、この三人でのんびりと時間を過ごすことが多い。女王陛下ひかると、騎士が二人、そんな役割だと思っている。。
「うん?」猛は背後からの視線を感じて振り返る。数十メートル先からこちらを見ている女性がいた。赤い瞳に銀色のショートボブの髪をしている。どう見ても日本人ではない。ヨーロッパ系の端正な顔立ちと肌の白さが見目麗しい。
一瞬、瞬きをする間にその姿は消えた。幻覚だったとも思えないのだが、幽霊だったのだろうか?
「何だったんだろ?」猛はポリポリと頭をかきつつ、学校へと急いだ。
赤い瞳に銀髪の女性が、足早に歩きながら、スマートフォンで誰かと連絡を取っている。
「しろがねよりIce Blueコマンダーへ。被検体“相馬猛”を目視にて確認した。これより被験者のLaboに向かいます。Laboというのは、「坂部メンタルクリニック」というんだな?詳細は後程、報告書を提出する。これより、被検体三人の“おもかる試験”にはいる。もう一人のおもかる候補にも今日中に接触してみるわ。では、報告は以上だ。いったん通信を終了する。」銀髪のドイツ人、しろがねは踵を返す。
しろがねは内心に怒りを感じていた。冗談ではないわ、今回の次元上昇のおもかるの封印候補があんな一般人の少年とは。この国は頭がおかしいのか。グランドゼロのゼロ役を一般人に丸投げする気か?これは第三次世界大戦の引き金になるかもしれん事態だぞ。ヒマラヤ情勢からして大きな戦乱が近いという逼迫した状況だ。
「とりあえずもう一人のおもかる候補者にも接触してみるか。」
もう一人の候補者とは、相馬猛の幼馴染、大野渚(通称歌うたいJ)。猛より3歳年上の大学生だ。
「大学生?軍人でも警察官でもない。」しろがねは眉をひそめる。
駅前に行けば何らかの情報が得られるようだ。道順は分からないがスマホのウェブマップは使いたくはない。行動を記録トレースされたくないのだ。大体の方向感覚で駅を目指す。
しばらく歩くと、駅前のスクランブル交差点に出た。
「あれか!」そこには朝っぱらからギター片手に駅前で歌う路上シンガーが居た。大野渚(うた歌いJ)だ。
長髪に洗いざらしのジーンズ、秋も深まるこのご時世に白いTシャツ一枚で、激しい哀歌を歌っている。歌うたいJというのが通り名らしい。
風貌はかつての日本昭和時代の伝説的なカリスマロックシンガーに似ている。シャープなあごのラインと情熱的な瞳、反骨精神と孤独感が交じり合ったような独特の雰囲気を醸し出している。カマキリや狐に風貌は似ている。
伝説の夭逝ロックシンガー、炎の狐。当時はファンたちの間で後追い自殺まで出たそうだ。
今回のおもかるの封印候補がこの二人か。相馬猛と大野渚。おもかるの封印の依り代、いけにえの豚ピラミッドの重し役Zero。
説明しておこう。おもかるの封印とは何か。エジプトをはじめ、世界のいわゆるパワースポットには、地の底に”あるもの“を封印するための重し、閉じ込めるための蓋がある。ピラミッドとか、古墳と呼ばれる重し。地の底に幽閉されている”あるもの“とは、”死なない”存在たち。あまりにも魂が重く輪廻の輪からも外れ、、死ぬという魂の開放もできない重い魂の存在たちが地球の中心には封じられている。それらは青黒い巨人と呼ばれている。こいつらは死なないので、眠らせるしかない。その、眠らせ役の睡眠薬役を、おもかるの封印の重しという。かつて、イエスキリストもその役割により殉教したいきさつがある。眠らせるとは、子供にすること、すなわち親から子へ代替わりさせて影響力を縮小させるのだ。この、死なない存在たちを“D”という。冥王星の外側の、光を一切反射しないニビル星という星から太古の昔地球に攻め入ってきた者たちの末裔だ。
相馬猛と大野渚を、陰に日向にガードしろということだ。しろがねは気が重くなった。どうして我がIce Blueがこんな辺鄙な地まで出張ってこないといけない?現在、ヒマラヤテロリスト問題で、アメリカ軍とぎりぎりの諜報戦の真っ最中だ。アメリカ軍というより、国連軍といったほうがいいか。
とりあえずLaboに着いた。さっきの相馬猛という少年の主治医ということだ。「坂部メンタルクリニック(精神科クリニック)」?表向きはそう名乗っているのだろうね。
坂部医師と呼ばれる初老の男性医師に話を伺う。今回のおもかるの封印候補は3人。相馬猛はそのうちのひとりということだ。年齢は17歳、県立高校に通うごく普通の一般人だ。ただ、よく悪夢にうなされるらしい。その夢を分析すると、興味深いことがいろいろ分かるらしいのだ。夢の中で過去生のリーディングをしたり、未来の予言をしたりする人物はほかにもたまにいる。アメリカのエドガーケイシーのケイシーリーディングはことさら有名だ。ほかにも、宗教の始まりにおいて、預言者という存在が必ず出てくる。未来のことがわかったり、過去の秘密裏にされてきたことが分かってしまう能力。しろがねには全く興味のない分野ではある。占いというか、未来予測は多少たしなむが。
坂部医師がぼそぼそと口を開く。
「予知夢というのは、ほとんどが愚にもつかないこじつけの産物だと思うがね。象徴で語る占い世界みたいなものだ。まして、過去生というのもあやふやな世界だから、ほとんど信憑性が無い。ただ、歴史的に隠された秘密、隠蔽されてきた出来事がスッキリと意味合いが通る、新たな解釈の初端になるとしたら、有益ではないかね?」わざと回りくどい言い回しをしているようにしろがねには感じられる。
しろがねは少しイラつきながら答える。
「私たちは予言者を探しているわけではない。生贄役を選定しているに過ぎない。グランドゼロのゴルゴダの丘、処刑されるジーザス役を選定している。もちろんその前に大きな山との間に子供を残してもらわねばならんが。山というのは、サタンの事だな。今回のヒマラヤはとても厄介だ。ヒマラヤの聖都シャンバーラにて、修道女に天啓が下りた。それで大騒ぎとなっている。インドの女子パウロ会の守護聖人、第十一使徒タダイの聖ユダが救い人として生まれてくるらしい。みずがめ座時代を前にして、神による人類救済が始まるとささやかれている。つまり、その父親役を私たちでひそかにすり替えようとしているわけだ。この世界に救済などないことは、人類の歴史を少し学べば容易にわかることだ。目覚めつつある青黒い巨人どもを重い地の底に再び幽閉せねばならんからな。
シャンバーラという、チベット仏教世界にちなんで、すり替えは輪廻転生生まれ変わり世界、夢見能力者が望ましい。現在のところ、青い月の機関がセレクトした候補者は三人、相馬猛、大野渚という学生二人ともう一人は、あの呪われた魔女の一族、木下家の一族ということだ。」
「ほう、今回は聖杯がらみか?」坂部がぽつんとつぶやいた。聖杯は、願いをかなえる願望器といわれるが、女の子宮の暗喩でもある。女は生理で血を流す。この世界は、流血がないと新しい命が生まれないシステムになっている。血を流す代償として子供が授かる。なので、必然的に争いはなくならない。チベットには、人間の像というオブジェがある。聖杯の周りに、三人の異形の男が装飾されている。DDD(デスバレー)とも言う。人間の像の意味するものは、死ぬまで回り続け。すなわち輪廻の輪から抜けられない性欲のとりこ。三人の男性と交わると、未来永劫輪廻の輪から逃れられないという教えを表しているらしい。聖杯は願いをかなえる願望器として、アラジンの魔法のランプともいう。地上のアラジンの魔法のランプは、北海道を表すのだが、太平洋戦争で日本が狙われていたのは、北海道の地の権利を各国が欲したのだ。お前の命と引き換えに一つだけ願いをかなえてあげましょうが、アラジンの魔法のランプであった。太平洋戦争当時、神風特攻隊員たちの命を代償として、一つだけの願い、天皇家存続が許された。北海道は、よく見ればランプのような形をしている。
・・・・・・・・・・・・・・
私、しろがねは相馬猛の一通りの略歴を聞いたのち、手短に坂部医師に礼を言うと、そのまま退室した。帰りがけに、坂部医師より、“ARK”という宗教団体を訪れるよう指示された。箱舟ARK。そこにはLaboという、表向きは精神病院入院施設であり、その実は超能力開発実験場から逃げ延びた子供たちがたくさん保護されているらしい。
またの機会にしようと思う。ドイツに報告書を書かねばならない。Ice Blueは、ドイツ拠点の自然保護団体を名のっている。私のコードネームは“しろがね”。ドイツカメラとも赤い瞳の龍とも呼ばれる“Ice Blue”一のハンター。いってみれば傭兵だ。
▼第二節 おもかるの封印
「おーい、猛ちゃーん!」ひかるが後ろから駆けてくる。
「今からクリニックに行くところだ。ひかるもついてくるのか?俺今から通院なんだけど。ひかるは身内じゃないから診察室には入れないぞ?」
「いいのいいの、気にしない。わたしも看護婦さんとか興味あるし。あ、仕事的にって意味ね。今高一でしょう?将来何になろうかなって。猛ちゃんは将来何になるの?大学は?」
「んー、大学は行くと思う。IT系とか情報系。でも、その先が見えない。夢でもヴィジョンが出てこない。
「夢で占ってるの?自分の将来を?」(あきれた、ビジョンが出ないって…。)
「まあな、でも、ひかるの場合、両親居ないし、学費とか大丈夫なのか?おじさんはそんなに負担難しいだろ?」
「だから迷ってる。短大か専門学校くらい行けないことはないけど。看護婦さんとか保母さんへの道。私の両親からの遺産で足らない分は、おじさんに将来働いて返す。」
坂部メンタルクリニックに着いた。自転車を駐輪場に停めて、待合室にて待つ。坂部先生もかなり忙しそうだ。
「おい、ひかる、お前も同席しろ。身内と説明しとくから。」猛はため息をひとつついて、ソファに背中を預けた。
「わかった。」ひかるがぶっきらぼうに了承する。
次の方、診察室にお入りください。三号診察室です。
「猛君、お久しぶり。体調はいかがですか?」と坂部医師。
「先生、こんにちは。体調は変わりありません。今日は、恋人を連れてきました。身内ということにしといてください。」と猛。
えー!こ、こいびと、、、慌てるひかる。
坂部がひかるのほうを振り向いた。ひかるをみるなり、坂部の顔つきがみるみる険しくなる。こ、これは…。
「ずいぶんかわいらしい“魔女”さんですな。お生まれは海外ですか?」
「こ、こいつ…、私の正体を見抜いているのか?」ひかるが目じりにしわを寄せひきつった笑い顔を見せる。
ひかるの謎、ヒマラヤ“雷山の魔女”と呼ばれる、聖都シャンバーラにあるといわれる創成界の扉の三魔女については、後々明かされることだろう。
ひかるは考える。猛と渚、ふたりのナイト(騎士)を漸く確保したと思ったら、思わぬ障害物が現れた。坂部医師…ただの町医者ではないな?おじさんに報告しておこう。まずいわ、計画を修正する必要が出てきた。
内心の焦りをおくびにも出さず、ひかるは質問した。
「坂部先生、と、おっしゃいましたね。相馬君の幼馴染の木下ひかるです。いつもおせわになってます。相馬君の病状はどうですか?私には全然病気に見えないんですけど。夢見が悪い程度で、思春期特有のものかなって思っちゃいますけど。」
坂部は考えていた。おもかるの封印、Laboの子供たち、生贄の豚…そういうことか。だが、ヒマラヤシャンバーラという新しい要素が加味された。チベット仏教問題か。輪廻転生生まれ変わり世界、過去生の記憶をもつ新生児たち。キリスト教にはない世界だ。修道女魔女世界は歴史の修正者世界だったな。過去生透視の能力を駆使し、世界の歴史上の間違った認識を正すものたちである。
しかしどこまで今回は多層的なんだ。今回は、ヒマラヤシャンバーラの創成界の扉まで開くのか?
ヨハネ黙示録的に言うと、初めの3段階、三分の二化セレクトが二回行われる部分か。世界が半々にわかたれるな。東西冷戦世界か?
実は、終末の時、つまり審判の時とか、ヨハネ黙示録というのは、今までの地球で何度も繰り返し行われている。生き物を刈り取る(収穫の時=大量絶滅期)は、氷河期や、大戦争、隕石の衝突などとして現象化している。そして、収穫の時には、この星ではある物語劇が繰り広げられる。アイルランドケルト神話の、アーサー王伝説である。キリストの受難も、このアーサー王伝説に則った亜流物語である。すべては、青黒い巨人を起こさないため。巨人の眠りを妨げないことのみが、優先される星が、この地球である。運命は変えられないのである。イエスキリストの殉教死は初めから決まっていた。
「ひかるさん、相馬君の病気は、心の中のトラウマと呼ばれる心の傷が原因です。眠りにつくたび繰り返し見る悪夢、それにより現実の世界の見え方が変質していきます。
そして、相馬君の場合そのトラウマが今世よりも前に受けている可能性が高い。本来、医療ではあつかえない世界です。つまり、医学的に言えば相馬君は健康体です。
では、なぜ病院に通院できているのか。病気でないのに医療保険が適用されるのは本来あえありえない話です。
ですが今はこれ以上お話しできません。政治的な問題がかかわってまいります。軍部の機密でもあります。いわゆる、国からの保護観察対象ということですな。」
坂部は考える。インドヒンディー世界か、厄介だな。ヒンズー教の世界が今回の次元上昇(アセンション)の基準世界か。とてつもなく低レベルな設定、裏を返せば、クリア可能者が非常に多くなるアセンションだな。
ひかる…、ひかる…、ひかる…。光、魂の光輝、真我の光…。ラーマヤーナ物語のシータ姫か!坂部は苦虫をかみつぶした。
ラーマヤーナ物語というのは、インドの古典的叙事詩で、ヴィシュヌ神の化身ラーマ王子と、その妻シータ姫が、金色のシカをとらえようと森へ入っていく。その一瞬の隙に、悪魔の王ラバナにシータ姫はさらわれてしまう。ラーマ王子は、サルの王ハヌマーンや、神の鳥ガルーダのサポートを受け、ラバナ王に戦いを挑む。この戦いが、寄せては返す波のように、光の軍勢と闇の軍勢の永遠のせめぎあいというものになっている。俗っぽく例えると夫と間男による女の奪い合い世界である。
永遠の善悪せめぎあい世界、永遠の繰り返し世界、“えいえん”の扉。
カルテの片隅に坂部がこっそりメモ書きした。
“封印役ふたり”(おもかる候補)
さて、どういう処方にもっていこう。なるべく自然死に近いほうがいいな。こりゃカルテじゃなくて何とかノートだな。私の背後に死神はいないが。しかし、看護婦という、三途の川の渡し人はいるな。ふふ…。DoctorもDの文字が入っている職業だったな。
▼第三節 双極(ジェミニ)の神々
歌うたい”J”と呼ばれる僕、大野渚は、今日も一人ストリートで歌っている。幼馴染の猛とは3歳違い、僕が3歳年上ということだ。ひかるとは4歳違いになる。
ラーマヤーナ物語的にいうと、ラーマ王子が大野渚、ラーマ王子の弟のラクサマナが相馬猛、シータ姫が木下ひかるであろうか。では、ラヴァナ王は?
大野渚は自問する。僕はなぜ歌うのか。歌いたいから歌うのか。人に伝えたい熱いメッセージがあるのか。
有名になりたい?お金持ちになりたい?異性にもてたい?
昔から、胸にしくしくと痛みとも悲しみとも取れる感覚を抱くことが多い。ひかるを見ていると、特に痛みが増す。
ひかる…、ひかる…、ひかる…。胸のクロスのペンダントを何気なくつまんでみる。牧師ではないのだが、十字架のネックレスは特別お気に入りだ。
夜は更けた。これからどこに行こう。いちおう大学生なのだが、ほとんど学校には出席していない。うちの学部はこんな状況でも卒業だけは許してもらえるらしい。一応大学では民俗学を学んでいる。といっても、文化人類学のフィールドワークが面白くて、地方に出かけては祭りや芸能を学んでレポート提出という半分趣味がそのまま単位になっているのだが。
将来何になろうかとか考えないわけではない。今のままだと、半アマチュアの売れないロック兄ちゃん。アルバイトを転々として女に養ってもらうひも生活だろうな。あるいは大学院進学か。レベルを落とせば大学院進学も可能だと思う。
「募金お願いしまーす!カンボジア難民のための募金お願いしまーす!」街外れでボランティアたちが声を上げている。
・・・・・・・・東南アジアぶらり旅とか行ってみるか、タイとかミャンマーとかインドとか。東南アジアの人たちは生きるのに必死なのに、日本人は暢気なものだな。大野渚は一抹の良心の痛みを覚えていた。
朝と同じ駅の一角に、黒ずくめのファッションをしたしろがねが居た。
「こちらしろがね。おもかるの被検体の一人、大野渚を発見した。指示送れ。_ラジャ、接触を試みる。」
「ハーイ、お兄さん、カッコいいね。Singer?」
なんだこの外国人は?Jは無視して立ち去ろうとした。しかし、しろがねの両腕がJの首筋に伸びる。甘い吐息がかかる。
「キライじゃないでしょ?ワルツでも踊る?王子さま!それともGame?トランプなら持ってるよ?」
「じゃあ、ブラックジャック。ふたりじゃなんだけど。」
「OK,じゃあ、私が親ね。」Jがギターを立てかけているベンチに札を並べていくしろがね。
「ゲームスタート!」
勝てない…。この女めちゃくちゃ強い。いかさまでもやってるのか。大野渚は舌を巻いた。ブラックジャックとは、簡単に言えば何枚かのカードを引いていき、トータルで21に近いほうが勝ちのゲームだ。21に近いほうが勝ちだが、トータルで21を超えてはアウトなのだ。
「ふんふーん、私結構直観力強いから。ドイツカメラ並みに目がいいよ。」
「やっぱりドイツ人?プラチナカラーの髪が気になってた。」
「一応警戒して、ネオナチ系の危険な女よ、と言っとく。」
「おーい、J!」猛とひかるの二人組が、大野渚を見つけてかけてくる。
ひかるが、しろがねの存在に気付く。
「こちらの海外女性は?どなた?初めまして、木下ひかると申します。」
「ドイツから来ました、しろがねといいまーす。ハンドルネームだけどさ。本名はマタネ。」
その瞬間!
「ん、おい!あれ!見ろ、上!」突然相馬猛が叫ぶ。
皆が漆黒の夜空を見上げる。ビルの上から看板が落ちてくる。
「ひかる!」Jがとっさにひかるをかばう。しろがねはすでにいない。
ドーン!路駐されている自動車に看板が落ちた。自動車が一瞬でスクラップだ。周りは騒然となっている。
しろがねが無線機レシーバーにささやく。無線機であるから、何らかの専用回線なのだろう。
「こちらしろがね。アクシデント発生。故意か偶然かは不明だが、屋上から看板が降ってきた。故意であるなら背後関係を調査してくれ。国連軍、すなわちアメリカ軍とインド軍のいざこざがあったよな。ベトナムの核疑惑は調査をいったん中止しろ。いまその情報は明るみに出してはいけない。北朝鮮製の核と思うが、今北朝鮮はアメリカとけんかするわけにはいかんからな。国連軍のMissローズマリーにコンタクトを取ってくれ。Ice Blueは一時日本から撤退する。」
相馬猛、木下ひかる?、大野渚。今回のゴルゴダの丘送り、おもかるの封印役はこの3人か?かわいそうだが自分たちで苦難は乗り越えてもらおう。
一方、ビルの屋上に、小さな人影が三つ。三人の黒青衣の少女が地表を見つめている。
「派手に壊しちゃったね。」ビルの屋上の人影の一人がつぶやく。小さな人影が三人。
よい、いつ、むゆと呼ばれる三人の少女、月の子供たちだ。よいは、三人の中でひときわ背が低いが、雀のように快活だ。いつは逆に、長身おっとり、イメージでいえば鶴だろう。むゆは、狐目でおませな雰囲気のお姉さんだ。
ふふ‥、お兄ちゃんたち慌ててたね、とよい。
だってしょうがないじゃない。きれいな女の人見て鼻の下伸ばしてたからいけないの。私たちっていう素敵なフィアンセが居るのに。おもかるの生贄になるより、魔女の血を残すほうがよっぽど幸せよね、とむゆが答える。
それ、あんたの勝手な押し付け。許可もらってないじゃない。いいなあ、ひかるお姉ちゃんは、Laboを卒業できて。私たち、夜しか出歩けないから、“月の子供たち“とか言われるんだよね。きれいなお洋服着て、昼間のテーマパークで”でーと“とかしたいな、とよい。
お兄ちゃん二人いたけど、どっちが好み?私たち三人だから、一人あぶれる‥。でもいいの?銀色の髪の毛の女の人、私たちと同じ匂いがしたけど。未来予知系の能力者かな?邪魔しちゃった?いつが心配そうに眉を顰める。
いいの!私たちからお兄ちゃんたちを奪おうとしたんだから、敵よ!敵!とむゆ。
無言の会話が続く。テレパシーという異能力だ。どこか猫を連想させる少女たち三人であった。青いワンピースに、黒いタイツを履いている。
「よい、いつ、むゆ。Laboに戻りなさい。」この声の主は、坂部医師だ。
脳に直接響く声‥、幻聴の類ではない。世界中の軍事組織が血眼で探していたマイクロチップ端末。脳に埋め込んで直接交信を可能にする技術である。プロトタイプは5つ。五つの石の物語と呼ばれる。高い塔から身を投げた王女様が五つの石のプロトタイプを生んだと伝えられている。被検体という意味であろうか?
日本陸軍(大阪)、日本海軍(出雲)、日本空軍(恐山)の日本製、そして、韓国製とドイツ製。韓国製とドイツ製は、アメリカ軍が使用している。
むゆが坂部に質問する。
センセー、ほかの石は見つかりましたか?五つの石!
マイクロチップにはいったいどんな秘密が隠されているのか。一説によると、時間の壁を超える技術ともうわさされる。タイムリープ。意識を過去現在未来に飛ばす技術だ。
「君たちは人の心を覗くのが趣味なのかい?普通の人は口に出さない限り他人の考えていることは分からないものだよ。」
私たち、もう充分大人だもん。よいが口をもごもごさせている。どこか雀系の小鳥を連想させる。
「ちゃーちゃちゃ、ちゃーちゃちゃ!ちゃちゃちゃ。お茶したいな!」とよい。
まだこの時間ならファミレスくらい開いているだろう。
▼第四節 みずがめ座の輝き
「ファミリーレストランバニーズへようこそ!3名様ですね!」初老のウエイターが出迎える。
よい、いつ、むゆは、ファミリーレストランに来ていた。
ねえねえ、このウエイターさんさ、ひかるお姉ちゃんの養父だよ。むゆがつぶやいた。
心の中を覗いちゃダメ!いつがたしなめる。はたから見れば無言のアイコンタクトだ。
初老のウエイターであるおじさんはバックヤードでため息をついていた。木下ひかるの養父、木下誠司、職場での愛称はななしおじさん。穏やかで影が薄いことからついたあだ名だ。彼はいったい何を悩んでいるのか。
木下誠司は最近特に心が沈んでいた。ひかるの事である。
「ひかるが嫁ぐ日も遠くないのかもな‥。まあ、この店も同年代の女の子たちは多いが。ひかるは魔女たちにとって希望の星だからな。」
さみしさと締め付けられるような苦しみがおじさんを襲う。
「ななしさーん、私もう上がりでいいですかー?アルバイト嬢の一人が声をかけてきた。
「占い業に行くのかい? 今日はどこのクラブ? 私も仕事が終わったら寄らせてもらうよ。」
“占い師集団Black Rabbits L”。ここいらではちょっと有名な情報屋集団だ。宗教法人ARKに所属し、ななしおじさんはその現場責任者みたいなものだ。警察にも信頼を置かれている。
「ねえねえ、ウエイターのおじちゃん!パンケーキ一つとコーラ三つ下さい!」店の一角からいつが大声で叫ぶ。ななしおじさんがキッチンから慌てて飛び出していく。
「破産して一からやり直すと思えばいいのかな。まるで木下藤吉郎だな。水飲み百姓からの天下取り、足軽から再出発ってか。秀吉ならねねくらい奥さんでいてくれても良さそうなもんだがな。」
ねえ、むゆ、青い月って何?よいがむゆに無言の質問をする。月の子供たち、青い月、月と言えばイスラームが連想される。審判者アッラー。それがなぜか心に引っかかる。
Laboも月世界なのか‥。ねえねえ、私たちって、どこに所属してるの?Laboってどこからお金もらってるの?とよい。
決まってるじゃん。軍隊よ。日本国自衛隊。むゆが答えた。
ホントに?私たち軍人扱いなの?よいには疑問だ。
「お待たせしました。パンケーキとコーラ三つでございます。」
その時
「っちーっす」ひかる、猛、Jの三人が入ってきた。
「レストランバニーズへようこそ!」ウエイトレスがすかさずお出迎えをする。
ねえねえ、ひかるお姉ちゃんの能力って何?月の子供たちのひそひそテレパシー会話が続く。
多分、何の能力もないんだと思う。だからLaboを出ることができたのよ。三人が納得したようにうんうんとうなずきあう。
つまり、こういうことだ。Laboは、青い月に所属している。月の子供たちは、基本的に日本国自衛隊に所属している特殊部隊扱いだ。Laboを脱走、もしくは払い下げされた子供たちがARKに保護され、情報屋集団としての占い業Black Rabbits Lが組織化されている。ひかるは、さらにそこから、木下誠司に、孤児としてもらわれた形になる。よい、いつ、むゆは少し特殊で、自衛隊預かりのためLaboとARKを行き来できる。
Tarot5(法王)と黒い城がそろったのかな?猛と渚ね。 ひかるが一人納得していた。一番占い師らしい風貌をしているのがひかるだったりする。青い月が実はIce Blueであることもひかるは知っている。
占い師、Joker card、黒い城の日独伊三国同盟世界。占い師イタリア、Jooker cardドイツ、黒い城(満州)日本。ホントは日本とドイツはあべこべだけれど。
「こんなに重くちゃ動かないわね。」頭を抱えてひかるがつぶやく。
「え、なに?場が重い?」猛がボケる。
歴史修正者世界は、コウノトリであり、死神でもある。あるものには生を与え、あるものから生を奪う。海外では、ライトワーカーと呼ばれるらしい。人の寿命の管理人。エジプト神でありアトランティス人でもあるトート神の世界である。
ひかるには二面性がある。常に頭の中で天使と悪魔が戦っている。ふたりのひかるが人格の中に現れるのだ。光のひかると闇のひかる。
「ふう、今日は何を食べようかな。」ひかるがメニューを広げる。時刻は夜の9時をまわっていた。
▼第五節 時を超える星たち
その夜、猛は夢の中にいた。猛は夢の中にいる自分を自覚していた。いつものような超スペクタクル映画ではない。だが、これはいったい‥。月が見える。蒼く大きな月。そして、夕暮れではないのだが、空が真っ赤に染まっている。
夢の中で、ドーン! どこかで爆発音がした。地面が激しく波打つ。大地震だ! 遠くから猛を呼ぶ声が聞こえる。
「猛ー!」「猛くーん!」この声は、大野渚と、木下ひかるだ。
夢の中に、三人の少女が現れた。よい、いつ、むゆである。どこか黒猫を連想させる三人の少女が猛の夢の中に顕れたのだ。
「お兄ちゃん、歌は好き? 宇多(うた)うたいのお兄ちゃん。お兄ちゃんには、未来を選ばせてあげる。選択の自由をあげるんだよ~。一つ目の歌、てんてんてんまりてんてまり~♪。二つ目の歌、かーごめかーごめ、かーごのなかのとりは~♪。三つ目の歌、むーすーんでひーらーいて、手をくんでむーすんで~♪。四つ目もあるけど、㊙扱いだから。お兄ちゃんはどの歌が好き?決まったら歌ってね。お願いョ、ちゅっ♡」
ほっぺにチュウをされた猛。少女たちはくすくすと笑いながら
「唾つけたー!裏切ったらひどいよ? “12の王冠のお兄ちゃん”!」と訳の分からないことを言って消えていった。
脂汗を滴らせながら、猛は目を覚ました。時刻は、夜中の12時を少し回っていた。
「シンデレラじゃあるまいし、12時の魔法か?」少女たちの面立ちを思い出そうとする。どこかで会っているわけではない。三人とも、年の頃でいえば12歳から14歳前後であろうか。キッスをしてきたのはそのうちの一人、風貌は髪の毛に緩やかなウェーブがかかった狐目のやややんちゃな雰囲気の少女だった。
しょうがないな、コンビニにでも行くか。自転車にて夜道を走る。すると突然!
「うわ!」前輪が大きく跳ね上がった。かろうじて転倒を免れ、その原因となった黒い塊に目を凝らす。大きさにして60センチはあろうか。何かの死骸ではない。自動車タイヤだ!
「道の真ん中だぞ。なんでこんなものが道に置いてあるんだ!」タイヤを道端へどける猛。その姿を、二匹の猫が見ていた。
「にゃー。」「にゃーん。」
▼第六節 ヒト裁き
ななしおじさんの朝は早い。昨日はファミレスの仕事を終え、占い業をするアルバイト店員のいるクラブに顔を出した。クラブでウォッカを飲みながら、しばらくアルバイターを見守る。日付が変わる前に店を出た。電車の終電が近かったからという理由もある。
翌朝、朝ご飯を整えながら、養女であるひかるを起こしに行く。郊外の閑静な住宅地の一角である。ひかるを養女に迎えたとき、ななしおじさんには、文字通り何もなかった。自らの家庭も、財産も何もかも。事業に失敗し夢破れ身一つで途方に暮れていた。
ひかるの実の両親は交通事故で他界している。今から10年ほど前になる。その時、ひかるだけが無傷で救出された。亡くなった両親の生命保険で、何とかななしおじさんは家と仕事を手に入れることができた。ひかるの両親にはとても感謝している。
こんこん‥。二階にあるひかるの部屋をノックするななしおじさん。
「ひかる、起きてるか?朝だよ。」
目覚まし時計がけたたましく鳴り始める。今日は土曜日だ。ひかるの予定は知らない。学校に行って塾なのか?一応いつも通りの生活を送ってもらいたい。常に起床は6時と決めてある。
ひかるがキッチンに降りてきた。
「おとうさん、おはよう。」
「おはようさん。」
ひかるは感謝した。今日はお父さんと一緒に朝食が取れる。いつもは寝坊してあわただしく家を出ることが多い。猛の家に寄って猛をたたき起こすと、たいてい学校は遅刻ギリギリの時間になってしまう。
猛の両親の手前もあり、そろそろ相馬家への朝の訪問を控えたほうが良いかもしれない。猛の観る悪夢は気になるけれど。
「お父さん、この大根、食べるとき悲鳴が聞こえてくるよ?空耳?」大根がどこかの少女アイドルに見えるわ。
「食べ物を粗末にしているからじゃないのか?噛みながら感謝の念をいつも抱いていればいいんじゃないか?ありがとうありがとうって。」
「む、分かった。じゃあ、いただく前に感謝の舞を踊ってみる。お椀を手にもってクルクルって。」
「あと、お父さん、“計画”の修正をヨロシク。」ひかるがポツリとつぶやいた。
▼第七節 宇多歌い
日常の変わりばえしない朝の登校風景。普段通りの日常生活。人々はまだ気づいていない。知らぬ間に世界が三つに分かたれたことに。三つの物語。現実世界が、三層のパラレルワールドとなってしまった。
永遠のうたが始まる。三つの可能性、三つの物語、三つの終わらない世界。人々に選択の自由が与えられた。世界に三段タイマーが設定されたともいえる。青黄赤。赤を超えるとゲームオーバーである。
主人公は四人。相馬猛、大野渚、木下ひかる、そして木下誠司。
風が吹いている。朝日を浴びて、生きものたちの一日が始まる。生き物の運命の輪が回る。
・・・・・・・・・・
余が空けた(夜が明けた)
人生五十年 下天のうちを比ぶれば 夢幻の如くなりけり
夜が来た鋤け(ヨガキタスケ)―死期のうた 敦盛 織田信長の最期のうた
・・・・・・・・・・・・
春夏秋冬 四季のうた(胡蝶の夢)
春はあけぼの ようよう白くなりゆく山際 少しあかりて
夏は夜 月のころは更なり
秋は夕暮れ 夕日のさして山の端いと近くなるに
冬は勤めて 雪の降りたるは 言うべきにもあらず
枕草子 清少納言―シキノウタ(しきはしき)
・・・・・・・・・・・・
そのころの東京では、ある女性がエジプトから来日していた。
「二ホンはスズシイね。日本ARKへはドウ行けばイイのかな?」エジプトから成田への旅客飛行機から現れた美女は、地図を片手にきょろきょろとしている。名をHikaru(火狩)J Green。木下ひかると対をなす、もう一人のひかるである。ひかると火狩、ふたり姫である。
一方、ピラミッドのようなビルのような不思議な建物、ARK日本本部では、女教祖である“あの方”が報告を受けていた。
「あの方様、いよいよ世界の建て替えが始まったようであります。伊吹戸が解き放たれましたぞ。ARKの活動も次のステージへ移行いたします。うお座からみずがめ座への移行であります。」
「ああ、問題ない。」不気味に微笑む女教祖のあの方であった。
永遠のうた
ふたり姫編Ⅰ
完
著)芹結(松浦友宏)