「永遠のうた eternal songs」ふたり姫篇Ⅱ
木下ひかるは夢の中にいた。時刻は、夜中の12時をすこし周っている。悪夢ではないが、あまり心地よさはない。ひかるは自分が夢の中にいることを自覚していた。占い師がよく見る類の、象徴的なビジョンで見るメッセージなのかもしれない。守護天使とか、四大天使と呼ばれるエンジェルスからのメッセージ。ひかるは魔女の血を引いているので、いつもはエンジェルではなく、猫が使い魔として現れることが多いのであるが。魔女とは、過去を霊視したり、様々な薬草に精通していたり、皆が恐れる者とは少し毛色が違っているものだ。魔術師と魔女がごっちゃに考えられているので誤解を受けやすい。
ひかるは悩んでいた。その悩みが、夢という形で表層意識に上っているという可能性もある。相馬猛と大野渚、白い天使と黒い天使のふたりの天使が、夢の中で戦っている。
Tarot5法王と、黒い城トランプカードの二つが揃ったと喜んでいたら、なぜかへんてこな夢を見るようになってしまった。相馬猛と大野渚が、それぞれ法王と黒い城を表すのは間違いなかった。この二つの意味するところは、裁判官とか裁判所であろう。法王は仏陀、黒い城はドラキュラを表すのかもしれない。すなわち、地獄の閻魔様である。地球の中心、トート神への道が開けたという意味にとらえることもできる。
「おもかる石…。懐かしいわね…。」ひかるはポツリとつぶやいた。一筋の涙がほほを伝う。
夢を見るようになって、ひかるの精神に変化が起きてきていた。料理をするとき、食材を包丁で切ると悲鳴が聞こえたり、料理を食べる時など、いろいろな声が聞こえてくるのだ。閻魔様の食事?スフィンクスとかトート神の食事といったほうがいいわね…。トート神というのは、エジプト神であり、地球の中心に住んでいて、死者の心臓の重さを量ることで、その愛情の深さを測り、天国もしくは地獄へと死者を割り振る神様である。
昨晩タロットカード占いで引いた二枚のカードは、9の隠者と12のつるし人だった。意味するものは、最期の審判か。それ以外、思い当たるものはない。第三次世界大戦とか、テロリズムとか、あるいは疫病の蔓延という可能性もある。なぜユダヤ教世界が突然現れたのだろう。箱舟伝説、アダムとイブ、楽園追放。創世記の逸話の数々が頭をよぎる。
地球の中心には何がある?おそらく、山がある。サタンという大きな山が。そして、その山はおそらくひかるそのものだろう。パンダの様な盗賊も地獄の番犬としてついているはずだ。ケルベロス2体、それが恐らく白い天使と黒い天使だ。相馬猛と大野渚の二人を放してはいけない…。
そこまで考えて、ひかるはようやく深い眠りにつくことができた。
△第一節 赤い瞳の龍(Side猛&Side J)
同時刻、夜中の12時過ぎである。宗教法人ARKでは、夜の神楽舞が厳かに執り行われていた。大きな銅鑼の重低音に、鈴の音が軽やかにリズムを刻む。シャンシャン、シャンシャン…。鈴の音のリズムに合わせ、白と赤の巫女服を身にまとった少女たちが、祭壇である焚火の周りを周って奉納の舞を舞っている。少女たちの人数は、10人を下るまい。周りを取り巻く信徒の数は、およそ700人かそれ以上、まるでコンサートホールのような熱気と雰囲気を醸し出している。祭壇の奥には、城門らしき二柱の柱があり、その左手に、歳をとった老婆が座っている。手には書物を持っているが、この暗さでは、とても読むことはできないように思われる。
「大ババ様!」今は神事のまっ最中ではある。本来ならば、声を上げるのは控えなければならない場面だ。
「おお、よい、いつ、むゆ!戻ったのかえ?」青と黒の衣をまとったこの三人は、特別な例外なのだろう。
大ババ様と呼ばれる老女が、月明かりと松明の灯の照らす祭壇脇から顔を向けた。
「大ババ様、急遽、ご報告したい議がございます。神事中に声をあげてしまった非礼をお許しください。おもかるの封印候補が見つかりました。現在のところ2名、この度の宇多(うた)は、三種にございます。」鶴のような優雅なしぐさで、いつが静かにそう伝える。
「ご苦労じゃったな。すまんが少し、席を外す。」大ババ様が、周りのものに伝えると、よい、いつ、むゆを連れて、祭壇からはなれていく。大ババ様は、目が見えないようだ。いつに手を引かれて、奥の間へと進んでいく。
“あの方”様はいずこでございますか? 声にならない声でいつが大ババ様に問いかける。
別室でカード占いをされておられる。いつものように、未来を読んでおられるのじゃろう。新しい展開が開けたと笑っておられたわ。大ババ様が声にならない声で答える。
おもかる石というのは、五つの石の事ではないのか?脳に埋め込むコンピューターデバイス。ARKが所持するのは三つの石、タイプ恐山、タイプ出雲、タイプ大阪である。よい、いつ、むゆの三人の脳に埋め込まれているという話じゃったが。どうも、石というのは、マイクロチップではなく、山そのものを表すのではないのか?大ババ様が推理をめぐらす。すると、ARKの所持する三つの石は、キリストの誕生を予見した東方の三賢者役となるのかもしれんな。つまり、三人が訪れた先が、“良き知らせである福音が訪問した土地”、キリスト誕生の地という訳か。
高い塔から身を投げたといわれるトランシルバニアの眠り姫、神祖の姫君である白雪姫、白姫1625様。五つの石は、このドラキュラ姫の夢を意識共有しておるという話じゃ。
大ババ様が訪ねた。よい、いつ、むゆ、お前たちは先ほどまで”どこ“に行って居った。夢の中でどこに行っていたのかの問いである。
よいが無邪気に答えた。“12の王冠”のお兄ちゃんのところだよ。テレパシーで大ババ様に答える。福音(カノン)が伝えられた先が、その“12の王冠のお兄ちゃん”のところか?宇多(うた)が三種か。
ARKのほうでも、現在大変な事態に巻き込まれておる。“あの方”さまがカード占いをされておるのも、それが原因じゃ。“聖導王朝”という謎の団体から、預言詩が送られてきよった。“聖導王朝”の正体は現在のところ分からん。秘密結社の類なのか、新たな宗教団体なのか。その預言詩が、なんとも無視のできん内容を含んで居る。とても厄介じゃ…。大ババ様がため息を漏らす。
「今から大黒龍神様にお伺いを立ててみるわ。五つの石を守護される龍神様、我らをお守りくださる黒龍神様、なにとぞ道を示したまえ。オーン。」
遠雷が聞こえる。聖堂王朝の預言とは? いつはとてもその内容が気になっていた。
どうやら黒龍神様からのインスピレーションはなかったようだ。大ババ様が月の子供たちに預言詩について説明してくださった。
「聖導王朝には、四人の指導者、四天王がおるとの事じゃ。四天王は、それぞれ、玄武、白虎、朱雀、青龍の位が与えられておる。預言詩を受信したのは、その中の玄武役のものということじゃ。玄武は、“Black4”と呼ばれる“なにか”を持っとるらしい。五芒星ならば中心に黄金の麒麟がおるのかもしれんが、現在はまだ確認されとらん。預言詩はこんな内容じゃ。なにやら深い意味が隠されていそうじゃ。」大ババ様が手紙を開く。
・・・・・・・・・・・・
天空人 赤白黄 天上にあり
双頭の龍 赤と黒 一つは天へ 一つは池へ
金色の獅子 赤を焼き 灰 草木へ帰る
金色の獅子 火を持ちて 町歩く
天と地と ひかり 十字架を歩く
赤青双頭 十字切り 運命の輪 天空に回る
金色の獅子 池を焼き すべて滅ぶなり
地の精霊 怒り 黒い雨降らす
朝日と夕日 共に 天上にあり
・・・・・・・・・・・・
「最近、変な団体が大阪近辺から現れたとは聞いていた。黒の騎士団というお祓い師集団の様じゃ。じゃが、実態が皆目分からん。龍の巣であるとか、地の底の扉であるとか、摩訶不思議な噂がいろいろあった。いつもの如く、都市伝説とかホラ話の類と思うて相手にせんかったんじゃが、実態が皆目分からんまま、勢力だけが増しておったのでな。黒というのは北の守護星、玄武を表すのかもしれん。聖導王朝とは何か、だれが、いつ、何を計画しているのか、世界が歪(いびつ)に歪んでいくようじゃ。薄気味悪いことじゃな。」大ババ様は、祭壇へ戻る道すがら三人に語った。
祭壇に戻った4人と時を同じくして、
「赤青双頭から下が、成就したあたりやな。深い意味はまだ分からんがな。」関西弁を話す、黒ずくめの法衣の女性が現れた。
「“あの方”様!」皆から一斉に声が上がる。場の雰囲気が一気に活気づく。
「赤青双頭というのは、アメリカの二大政党、共和党と民主党やろな。肺と心臓、2種のネットワークのことかもしれん。肺が青、心臓が赤や。運命の輪というのは、ヒマラヤで起きたインド対中国の武力衝突の事だろう。サイコロが振られた、采が投げられたということや。誰かが何かを世界にしかけたということや。テロかなんかか?ウイルス問題のことかもしれんな。金色の獅子は、バビロンすなわちフリーメイソン、イタリアローマのユダヤ六芒星の事やろう。地の精霊はインドを表すと思うわ。知恵の実はリンゴ、禁断の果実や。インドの知恵の実、アーユルヴェーダ医学の事かもな。朝日と夕日は、夕日がバビロン、朝日が聖導王朝と言いたいんやろな。」あの方様の、歯切れのよい声が響く。あの方様はなぜか楽しそうだ。
「あと、石について皆に注意や。うちらが持っとるのは五つの石の中の三つや。これはでかいで。当然よう狙われるさかい、皆注意せえよ。日本国自衛隊、陸海空軍の中心のAI役が、よい、いつ、むゆの意識という訳や。判断役の人工知能が、実はまるまる人間が肩代わりしてこなしているというからくりや。IT世界の高密度マイクロチップも、その中心の意識は人のものということや。まあ、そのさらに奥には、白雪姫の意識が眠っとるわけやがな。白雪姫の意識の隙間が開いて少し目覚めたさかい、伊吹戸の隙間が開いたという訳や。これから世界の大変革が始まるで。」
「三つの石のうち、一つは必ず盗まれるさかい、皆覚悟しておくように。ヨハネ黙示録のころからの伝統やな。必ず一部が盗まれるようにこの星のシステムはできとる。よい、いつ、むゆ、三人ともなるべく変な男にはついていかんように。お前ら三人のうち、一人は誘拐されるという意味やから。そんなことになったら、自衛隊は、どっかの国とドンパチせないかんということや。」
雷が鳴り響く。降り出した小雨がぽつぽつと屋根をたたく。これは本降り雨になりそうだ。
雷光と時を同じくして、突然祭壇脇の城門の影から人影のシミがにじむ。にじみ出るようにどこからともなく長身の美丈夫が現れた。月のように冷たく能面のように美しい顔立ちの青年が現れたのだ。だが、その身にまとう気配は、限りなく冷たくまがまがしい。皆がその異様な冷気に身を縮める。
「誰や! 妖怪、物の怪の類ではないな!どこぞの間者か?」あの方様の涼やかな声が鳴り響く。
ARKは、いわゆる新興宗教ではあるが、今までその結界された聖域に魔物の侵入を許したことはない。物理的な装備を見ても、監視カメラや、赤外線レーザー装置を含め、小国の軍事施設並みのセキュリティを誇っている。人がどこからか湧いて出る以外、外部からの侵入はかなり難しい。
人影がゆっくりと全身を表す。青いカッターシャツに黒いズボン、背丈は180センチはあろうかという長身美丈夫である。
「初めまして、私はIce Blueの青龍の位、シリウスと申します。Ice Blueは聖導王朝の一派、東を守護するものでございます。四天王の一人として、ご挨拶に参りました。以降、お見知りおきを。」
あの方様が、皆に鋭いまなざしで警戒の合図を送る。一見するとダイアモンドのように美しいが、身にまとう雰囲気は限りなくまがまがしく、真っ赤な月のように、人の心を狂わす黒いオーラをまとっている。軍人のような鍛え抜かれたたたずまいである。空気が冷たく凍り付いていくようだ。Ice Blueと言えば、ドイツの特殊部隊ではなかったか。どうやらとんでもない魔人が現れてしまったようだ。
「当主は確か、Code Vioretと呼ばれていたな。お前が当主か?」あの方様が尋ねる。その声に臆した響きはない。
青龍シリウスはその質問には答えず、静かにつぶやいた。
「質問は一切受け付けません。エーテル世界展開…。ティア・ベル・アメト。」左手を前に、手のひらを上に向け、お椀でも持っているかの様なしぐさである。闇のお食事会が始まったのである。
青龍の周りが、卵型の結界に包まれていく。さらに、床には、蛇のようにのたうち回る影が走り、青龍を中心に渦巻き型の魔法陣が現れる。夜の闇の中で、さらに深い闇を体現するかのような、漆黒の結界である。黒いすすけたような霧が湧き上がる。
「私は、”双牙“という立場にいます。黒審判とも呼ばれます。双頭の龍であり、白い衣のふたり姫を持つものです。今宵、皆さんの採点をするために参りました。いうなれば、地獄の閻魔様トートのお食事ですね。」青龍が宝石のような微笑みを浮かべて皆に宣告する。
死後の魂が受けるという閻魔様の審判世界。この、青龍という青年の闇は、あまりにも漆黒で得体が知れない。永遠の光なき世界、無明の闇。地の底の鏡パンドラボックスのようだ。
蛇のような影が、その場にいたARK信徒たちの足元から這い上がっていく。皆、恐怖におびえ、ひきつった叫びをあげる。その先に待っているのは、永遠の魂の牢獄世界、ダイアモンドへの封印なのかもしれない。ダイアモンドは、永遠の輝き。強固な檻である。
その場にいたARKの信徒たち、700人ほどが、この狂気の影に飲み込まれる寸前、月の子供たちの脳裏に、ある声が響いた。
「よい、いつ、むゆ。そなたたちの真名(マナ)を開放しなさい。」声の主は、坂部医師である。真名というのは、人の魂の名前を表すマントラであり、同時に一人一人の魂のエネルギーでもある。中国では、秘韻(ひついん)とも呼ばれる。魂の光そのものである。
坂部医師はどこからこの状況を見ているのか、そもそもこの夜中にどうして起きているのか、三人の月の子供たちには、理由は分からない。精神科医を仮りの姿とした宗教家なのかもしれない。霊視能力者なのか。
坂部医師のLaboは、Ice Blue系ではなかったか? なぜこのタイミングでARKに助け舟を出したのかはわからない。
「了解です!」 よいが答えた。
「コマンドスペルS発動!いつとむゆはそれぞれ右と左へ展開して!」
「“よい”は“了承”を表す。私、よいは、サタンとの契約に従い、使い魔黒山羊を召喚する。箱舟黒山羊よ、、ARK信徒をすべて乗せなさい!ひと、ふた、みい、よ!」黒山羊とは、黒魔術世界ではサタンの象徴とされるが、旧約世界においてはノアの箱舟の箱舟そのものを表す。ノアの大洪水の時は、4人の人を乗せるだけで精一杯だった。それを、一気に700人とは、よいのマナ量の大きさには恐れ入る。
箱舟のオリジナルである、ノアのARKは、アンドロメダ星雲から地球にやってきた宇宙船である。天孫降臨として逸話が残っている。その宇宙船は現在エジプトのスフィンクスの地下に厳重に保管されている。宇宙船のカギは、エジプトの神官である墓守の一族に守られている。
青龍の影から、ARK信徒たちが引き上げられていく。しかし、青龍はそれを歯牙にもかけず涼しげな顔をしている。
「”D”である私に、”S”をぶつけてくるとは、面白い。青龍シリウスは心から楽しそうだ。」青龍は“D”? Dと言ったのか?地の底に封印された死なない存在である青黒い巨人”D”。ARKの皆がその言葉に戦慄する。ドラキュラ、死神、死そのものである。
鶴のように優雅なおっとりさん、いつが前に出る。
「“いつ”は、時の精霊エレメントとの契約に従い、コマンドスペルEを開放します。磁力の法則により、ドラキュラさんの首よ、曲がれ!いつ、むゆ、なな!」先日の夜、看板を落としたいつの超念力攻撃である。
ボキン!青龍の左腕が、あらぬ方向へ折れ曲がった。首への攻撃をとっさに左腕で受けたのである。青龍が苦悶の表情を浮かべる。目が怒りで真っ赤に燃えている。
「我、3の世界を、4の世界へ移行せり。」青龍がことほぐ。
「父と子と聖霊の三位一体トリニティ世界から、四文字四諦世界へ移行すべし。4は四季、四季は死期。DはDeath、死の呪い発動せり!」青龍の憎しみと怒りに満ちた声が響く。
しかし、この窮地によいは逆にほくそ笑んだ。この展開は、ある意味好都合。読みの範囲内だ。月の子供たちと呼ばれる私たちに四人目はいない。4をキャンセルする能力がよいの真の能力である。4は死を表す。死をキャンセルする能力、よい、いつ、むゆで4,5,6。1,2,3ではなく、4,5,6の三人。
ということは…。青龍は脂汗を浮かべつつ冷静に考えた。
「数合わせ世界において、1,2,3の三人に死の呪いがかかったということか。」青龍はそれに気づくと、交換条件としてそれも悪くないと考えた。三人の生贄を差し出すということだな。青龍はニヤリと笑顔を見せると、今回はこれを潮時と見たのか、闇の中へ消えていった。突然現れ、忽然と姿を消す。Dとは本物の魔人なのかもしれない。
△第二節 おもかるの封印(Side猛&Side J)
ほぼ同時刻、夢の中で、猛は空を飛んでいた。夢の中なので現実世界の様な雷雨は降っていない。夢の中で見知らぬ家を、窓外から覗く。コンコン、窓をノックしてみる。
「あなた、ピーターパン?」部屋の中の少女がうれしそうに、ベッドから起き出してくる。10代前半の少女の様だ。
先日三人の少女、よい、いつ、むゆが夢の中に現れてから、猛はやたらのどの渇きを覚えるようになっていた。キッスをしてきたむゆの姿を思い返す猛であった。緩やかにウェーブのかかった髪と、狐のような妖艶さを併せ持ち、少女から女性に成長するまでのわずかな期間の奇跡的な美しさを持つ少女であった。
むゆの美しさを思い返し、うっとりとしながら夢の中で猛は空を舞う。
夢の中で外出するなんて、今まで思いもつかなかった。というか、これまでは悪夢にうなされて考えるゆとりすらなかった。幽体離脱という霊能力である。
むすんでひらいて てをくんで むすんで~♪
「おいでよ。一緒に空を飛ぼうよ!」猛は部屋の中の少女に手を差し伸べた。
同じころ、大野渚は追われていた。これも夢の中の話である。一人の幼女をかくまったのが原因で、黒ずくめの男たちに追われている。道端に座り込んでいた一人の女の子、身なりからしてホームレスか孤児に違いなかった。
夢の中のソノ地域はスラムの一角のような不気味な空気が漂っていた。幼い子供を一人残していくにはあまりにも危険だと、渚は夢の中の出来事ながら良心を働かせてしまったのだ。
どこからともなく、わらべ歌が聞こえる。てんてんてんまりてんてまり~♪
猛とJの寝顔を、窓の外からそれぞれ猫が見ている。「にゃー」「なーご」X.X
ひとつ相馬猛、ふたつ大野渚、死の呪い1と2。
夜が明けて、翌日。
えーっと、レストランバニーズ、バニーズ。
道に迷っているのは、しろがねだ。Ice Blueからの指示は、軍事行動を一時中断して、レストランバニーズというファミレスに行き、そこの従業員達で構成されるBlack Rabbits Lという情報屋集団に接触、ARKについての情報を探るというものだった。
Black Rabbits Lというのは、夜の酒場で占い師をしている女の子たちの集団らしい。昼間はバニーズというファミレスの店員をしているものが多いと聞いた。だからと言って、こんな真昼間から探さなくてもいいわよねえ…。しろがねは一人愚痴た。
「何かお困りですか?」突然背後から声を掛けられた。動揺を隠して振り向くと、髪の毛クリクリウェーブのとてつもない美女が立っていた。薔薇に例えるなら、剣弁咲きの真っ赤なバラ。赤いワンピースに黒い日傘、髪の毛は肩まであろうか、よく手入れされた美髪である。
赤薔薇女がニコニコとこちらを見ている。実を言えば、しろがねはきれいな女性が苦手だ。
しろがねは心のうちを気取られないように、明るくおどけて見せた。
「ハーイ、コンニチハ、ビューティフルガール!私道に迷ったね。バニーズというレストラン探してます!」しどろもどろのしろがねであった。
「スマホのマップ機能でナビ機能ありますよ?」赤薔薇女の提案であるが、しろがねはナビは使わない。
「それか、私がご案内しましょうか?」微笑みながら赤薔薇女が提案した。
「私もつい最近エジプトから日本に来たばかりですけど、そのお店分かります。」
レストランバニーズには、すでに猛とJ、ひかるの三人が陣取って居た。そういえば今日は日曜日である。
「あー、トランプゲームの女だ!」Jが大声を上げた。
猛とひかるも顔を見合わせてきょとんとしている。びっくりの偶然である。
しろがねの眉間にしわが寄る。
「くんくん」“シ”の匂いがする。4(シ)の世界と言えば我がIce Blueのドラキュラ青龍君だが、こいつらの中に、まさか青龍に血を吸われたやつがいるのか?
「フォー!」しろがねが腰を振りつつ、どこかのハードゲイの真似をした。
「ヘイ!オマエタチ、最近よく眠れるか?フォー!」
レストランバニーズの店舗壁面を飾る鏡がその時微妙に揺らいだ。鏡の中から真っ赤な目をした白い獣が覗いている。部屋の中をどことなく生臭い空気が漂う。
しろがねはとっさに、占い用具一式を取り出すと、タロットカードを六芒星の配置に並べ始めた。シに取りつかれたのは誰だろうか。シとはいったいどのような存在なのか。眉間にしわを寄せるしろがね。22枚組の大アルカナカードしか持ってこなかった。並べ終わったカードの上に、ペンデュラムという、先端に重しのついたダウジング用品をかざした。振り子のふれ方で占う占い道具である。
「アンタラ、最近の夢見はドウだ?変なのに取りつかれてないか?」としろがねが三人に聞く。
「あのー、お話が盛り上がっているところ恐縮ですが、道案内ここまででイイですか?」赤薔薇女が尋ねる。
「おあ、ごめんごめん。」しろがねが慌ててて礼を言う。そういえば、名前も聞いていなかった。
「名乗るほどのものではありませんけど、私も占い師なので、結構興味あります。」
「私のビジネスカード(名刺)です。」赤薔薇女がしろがねに渡す。
“Black Rabbits L 占い師 赤田さとみ”と書かれていた。どう見ても日本人ではないので、赤田さとみというのは、仕事用の芸名なのだろう。
「本名は、Hikaru J Greenと申します。イギリスと日本のハーフです。」とさとみは付け加えた。
しろがねは、広げた6枚のタロットカードの上でペンデュラムを揺らす。二枚のカードの上で反応があった。魚でも食いついたかのように、ペンデュラムの重みが増す。Tarot9(隠者)と、Tarot12(つるし人)この位置から推測すると、目の前の鏡の中、猛とJの背面にある鏡が怪しい。
「参ったわね、こいつらにはダイアモンド銃が必要よ。」しろがねは蛇ににらまれたカエルのように脂汗を滴らせてうめいた。っていうか、本当に青龍君くらいしか思いつかないレベルの死の濃さね。ドラキュラ並みの化け物だわ。ダイアモンドの弾丸は、破邪の力が最も強いといわれている。
「あのー、ご注文を…お伺いしてもよろしいでしょうか。」ウェイトレスが恐る恐る声をかける。道を案内してくれた赤田さとみが何故かちゃっかりしろがねの対面に座っている。右と左に猛とJが座る。ひかるは、しろがねの左隣に座っている。皆で、コーヒーを注文した。
しろがねは目をつむり、集中した。心の中のヴィジョンが形になっていく。白い獅子のような魔獣と、黒い龍のような魔獣が見える。
しろがねの顔立ちをまじまじと見つめていた赤田さとみが、素っ頓狂なことを聞く。
「ひょっとしてしろがねさん、元男性でした?」美人女性、赤田さとみは、聞きづらいことをズバリと尋ねた。中性的な雰囲気のしろがねは、その美しさから一見美女に見えるが、化粧をしなければよく見ると男女どちらともとれる風貌をしている。
「まるでアマテラスですね。」さとみが感嘆する。
「えーっと、それに関してはノーコメントね。」しろがねはあいまいにはぐらかした。
「私は、赤田さとみと言います。キャバレーの源氏名ですけれど。占い師連合Black Rabbits Lのまとめ役をさせていただいてます。今日は、新しいメンバーが招かれたと聞いています。ひょっとして、あなた様でしたか?」さとみはしろがねに尋ねる。
どこか緊張感の抜けた、のほほんとしているさとみであった。
一方、バニーズの外の沿道の木陰に、双眼鏡を覗く三人の少女たちが居た。今日は昼間でも活動の許可が出たらしい。よい、いつ、むゆの三人である。
目標を補足、大ババ様に知らせて。“シ”だよ。鏡の中に”シ“が居るよ。よいが震えている。
あちゃー、鬼より怖いよ“シ”は。むゆがため息を漏らす。猛とJの背後に”シ“の気配を察知したのだ。
いつがため息を漏らした。先日の青龍もドラキュラ、すなわち“シ”であったのだと改めて認識できた。
「私たちもレストランバニーズに入るわよ!」三人が店に入っていく。
猛の背後に、猛の視界を覗いている存在が居る。白い獅子の“シ”。猛に悪夢を見せていた存在と言おうか。
「石はどこだ…。」白い獅子は鏡の中で生臭い息を吐いた。GGG(ググぐ)Lulee…。
△第三節 双極(ジェミニ)の神々(Side猛&Side J)
「コーヒーでございます。」ほどなくして、5杯のコーヒーがテーブルにならんだ。
猛とJは、コーヒーを口に着ける瞬間、頭の片隅にかすかに響く獣の声を聴いた。白い獅子と黒い龍、二体の魔獣である。
猛の脳裏にささやく白い獅子。Jにささやく黒い龍。―――ヨガき、たすけ世界、―――ヨアケ、存亡。・・・まき、力。すべてを聞き取ることはできなかった。
猛とJの背後にある鏡にうっすらと白い獅子と黒い龍の影がちらつく。しろがねにはそれが認識できた。さとみにもそれは見えていた。
天に上った獅子と、池に降りた龍か。聖導王朝の預言詩のとおりね。さとみは内心、冷静ではいられない。
黒のソーマ(命の水)、ブラックコーヒーね。しろがねがコーヒーを一気に飲み干す。
「ねえ、この後どうするの?カラオケにでも行く?」ひかるが皆に提案した。
「ごめんなさい、私としろがねさんは、この後一緒に所用がありますので。」とさとみが申し訳なさそうに手を合わせる。
なあ、ひかる。向こうの席から、こっちを見ている少女たちが居るんだが、ひかるの知り合いか?」猛が指し示す先に見えるのは、よい、いつ、むゆの三人組だ。ひかるはフルフルと首を振る。
「なんか、どこかで会った気がするんだけど、思い出せん。どこだったかなあ。」…そうだ、お前は三人の事も、三つの石の事も知っているはずだ。どこからともなく声が聞こえる。猛は、思考が混乱していることに気が付いた。自分の中に、自分とは別に、ささやきかけてくる存在が居る。
お前は誰だ!猛は心の中で尋ねる。“我は我だ”、と白い獅子は答えた。“ヨド・ヘイ・バウ・ヘイ。我は、ありてあるものである。うまそうな猫娘たちだな、おまえが喰ってしまえ。” 猛にけしかける白い獅子であった。むすんでひらいて~♪どこからかわらべ歌が聞こえる。
一方、Jのほうも、耳の奥で耳鳴りがしていた。黒い龍がJにささやきかける。そなたの歌はなかなかに良いな。この世界はおぬしの助けを必要としておる。夜が来た鋤け。てんてんてんまりてんてまり~♪
Jが突然叫ぶ。
「うるさい!うるさい! お前は何者だ!僕の意識に割り込んでくるな!最近の夢は、お前が見せているのか?… 僕は何を言っている? 幻聴?僕の頭がおかしいのか?」
「大丈夫?どうかした?」ひかるが心配して声をかける。
…ふふふ、今に分かる。世界の行く末とともにな。お前は3つの世界のうちの一つを担当せねばならん。シ(死)の呪いを受けた一人として。お前の“シ”の進行はとりあえず我が押さえておく。黒い龍はそう言い残し、鏡の中から消えていった。
△第四節 みずがめ座の輝き(Side猛&Side J)
「それじゃあ、私たちはここで。」さとみとしろがねは、皆と別れると、初めの目的であるARKへと向かった。Black Rabbits Lの総本山である。
「では、さとみさん、話を伺おうか。私はしろがね。ドイツのIce Blue、日本では青い月と言いうが、そのメンバーの一員だ。Ice Blueは、政治団体と思っていただければ分かりやすい。世界の武力衝突や環境破壊を防ぐための活動を法律に則って行っている。」
「私は、ARKエジプトに所属する占い師です。占い師と言っても、情報業の一種です。いわゆるジャーナリストや探偵業みたいなものです。赤田さとみというのはキャバレーでの芸名でして、本名はHikaru J Green(ヒカル ジェイ グリーン)と言います。イギリスと日本のハーフです。」
「おもかる石試験というのはご存じか?今回のおもかる候補者は3人だ。わかりやすく言えば、地の底の山、いわゆるサタンの事だが、おもかる候補者とは、そのパートナーの事だ。処刑用の生贄役だな。」
「世界に紛争があるとき、悪役をでっちあげる必要があるわけだ。テロリストの親玉とか、革命の首謀者とかだな。世界は、そいつを処刑してめでたしめでたしとなるわけだ。それが生贄役だ。サタンのパートナーとなると、そういう悲惨な運命になるわけだ。」
「ところが、今回は今までの様にはいきそうにない。インドヒンディー世界が入ってきたからだ。それについては後々詳述する。」しろがねは口を閉ざした。
「Ice Blueと言えば、青龍という怪人が、先日ARK日本本部に現れて大変な騒ぎになりましたけど。」
「四聖獣というのをご存じか?玄武、青龍、朱雀、白虎。ほかにも、五石五龍という五芒星世界のものもいる。」
「気づいていたか?さっきまで一緒だったあの少年二人、猛とJと言ったか。あの二人もおもかるの封印役候補なのだが、何らかの聖獣がすでについているようだ。」
「猛が四聖獣の白虎、Jが五龍の黒龍ではないかと思う。」
「これに関しては、聖導王朝からのシナリオ、預言詩と言っているが、これにより既に筋書きが分かっている。聖導王朝は、来るべき千年王国がらみの話なので、あまり詳しい説明はできないのだが、今後の人類が争いで破綻してしまわないための、サポートガイド役と思ってもらえればありがたい。フリーメイソンとかイルミナティみたいなイメージだ。」
「預言詩によると、天に上る白獅子と、池に下る黒龍に分かたれるようだ。」
「相馬君が白獅子、大野君が黒龍ですよね…。」さとみがつぶやく。
「今後、21世紀から24世紀までみずがめ座時代が続く。スピリチュアル世界では、その時代を神の英知と浄化の時代と言っているが、言い換えれば、ひたすら人類は試され続ける試練の時代となるわけだ。神からの試練を克服できたものしか生き延びられん淘汰の世界となるわけだな。その試練を、なるべく易しい穏やかなものにして、人類が生き残る可能性を少しでも増やすための様々な方策を打つ団体が、わがIce Blueであるわけだ。人外のように見えるものが居るのも、その神試し世界に対応するための方策の一つだ。」しろがねがさとみに説明した。
「先ほどのお嬢様もひかるというお名前でしたね。ふたりのひかる、ひかるとHikaru(さとみ)。今回の神試しは、天使と悪魔の全面衝突世界に思えます。キリスト教の終末世界、獣の数字666ではないかと恐れています。」さとみが眼差しを目深に落とす。
・・・最後の審判世界であることは否定しない。しろがねは口に上りかけたその言葉を飲み込んだ。目の前にピラミッドのような三角形のビルが見えてきた。ARK日本本部である。
「いよいよ箱舟に乗り込むか。」しろがねは結んでいたネクタイを正しく結びなおした。
△第五節 時を超える星たち(Side猛&Side J)
「大ババ様、ただいま戻りました。Hikaru(さとみ)でございます。」
大ババ様は、丸い水晶球を覗いていた。先日に引き続き、聖導王朝の一派であるIce Blueの一員が、真昼間から堂々とARKに赴くと聞いて、内心面白くはない。冷静に、未来を予見するため、水晶を覗いてはいるが、もとより視力はほとんど失われている。脳裏に浮かぶビジョンを観ている。
聖導王朝というのは、玄武、青龍、朱雀、白虎になぞらえた四団体であろう。おそらくIce Blueは名前から類推して青龍役であろうか。みずがめ座時代というのも、水がらみであるから青龍であるIce Blueが主役の時代であると思われる。
青龍という魔人の襲来を受け、みずがめ座時代の基本設定がどんなものかはわかった。神試し世界というのは、“採点”という言葉からもわかるように、ひたすら試練の連続であり、要するに、弱いものは喰われる弱肉強食世界であるわけだ。
“あの方”様のおっしゃる、世の建て替え世界というのが、みずがめ座世界であるとすれば、ずいぶんと弱者に厳しい建て替えである。
大ババ様の水晶に、大津波に飲み込まれる摩天楼ビル群が映し出されている。相馬猛が毎夜悪夢にうなされていたビジョンと酷似している。
みずがめ座世界なだけに、水がらみの災厄という訳か。ならば、箱舟ARKは、まさに人類の救命ボートではないのか?大ババ様は暗澹たる気持ちで、水晶玉のビジョンを見つめた。
預言詩の中の、“黒い雨降らす“というくだりが気にかかっていた。文字どおり解釈すれば、核爆弾の投下という意味である。どこかに核兵器が使われるのか。
「核の脅威が世界に及んでいるのですか?」大ババ様がしろがねに正対し、居住まいを正して問いかける。
「ベトナムにおそらく核爆弾がございます。北朝鮮からインド経由でひそかに運ばれたものと思われます。アメリカがその証拠を躍起になって探しています。このままでは、インド、中国、アメリカの三つ巴の争いに発展するでしょう。」しろがねは確信を持っているような口ぶりである。
「大きな大戦ではなく、三つに分かたれた紛争程度に小さくはできるでしょう。初めに起きる武力衝突がヒマラヤです。これはすでに、インド対中国で衝突が始まっています。その次がインドネシア沖の紛争。そして、最終的には西日本が巻き込まれるでしょう。日本が巻き込まれるのは、玄武陣営のBlack4のためです。新冥王計画とも呼ばれます。Black4が何かはまだわかりませんが…。」
第三次世界大戦とまではいかなくとも、世の中が相当荒れるであろうことは容易に想像できる。
「我々、Ice Blueは、インドネシアに干渉するつもりです。インドネシアから、イスラム過激派によるドイツ内乱が予測されるからです。ドイツの過激派、テロ組織の動きを封じておきたい。これについてはイスラエルの動向がカギになりそうです。」しろがねはどこまでも冷静だ。
「ARKへの提案なのですが、Black Rabbits LをIce Blue傘下で運用してはどうだろう? 軍事情報を含む政治問題まで扱うことになってしまいますが。諜報活動世界という意味です。ファミリーレストランのアルバイトではあまりにも貧弱すぎる。」
「でも、危険性、リスクは跳ね上がりますわ。」さとみが眉根を寄せて悲しげに訴える。
まあ、それに関しては、木下誠司という男に意見を聞いてみよう。
△第六節 ヒト裁き(Side猛&Side J)
「ひかる、いいかい。」その日の夜、日曜日でバニーズを早上がりした木下誠司は、まっすぐ家に帰っていた。
「計画を修正してみたよ。木下家は本来“ス”の一族だけど、今回は“輝”の役をやらないといけないみたいだ。」スというのはスサノオの事で、穢れ払いをする家系を示す。シリウス星系の魂たちの世界であり、日本で言えば出雲、世界的に見れば、イスラームの人たちの世界だ。スは、酢であり、寿司職人とか、美容師職に就く人が多い。暴力団関係者がこれらの職に就きやすいのも、組世界は輝の世界なので、それゆえ迫害されやすいのだが、輝の世界に割合近いスの仕事には就きやすいためだ。輝というのは天の中心役であり、ライトワーカーとも呼ばれる。その役割は人の生き死にの管理役であり、寿命を正しく割り振る役である。輝の世界が組世界と呼ばれる世界であり、秘密結社とか、暴力団などと呼ばれる世界である。日本での輝世界の最たるものが天皇家である。その性質上、輝世界のものは、金融関係くらいにしか職はない。組世界の悲しさである。天の中心北極星は天皇家ゆかりの世界であり、かつて織田信長もこの、“輝”北極星役であった。
ちなみに相馬家は“ゆ”の家系であり、ゆは油を表し、生命力、すなわち成長する力を世界に与える役である。オイルマネーのアラブ界も、“ゆ”の一族である。
「青法王をイタリアに、黒い城をドイツに置く。さらに隠し要素として白法王を極秘理に配置する。入り口を青法王にして、黒い城か白法王かのどちらかに割り振ってもらう。これが第一の関所という訳だね。」
「イタリアとドイツを突破された時のために、朝鮮半島の北朝鮮と韓国に第二の関所を設ける。木下家の世界ネットワークで、ここまでは構築可能だ。木下家の生き残りが居ると“やつら”に知られると大ごとだからね。やつら、黒づくめの一団の事をにらんで、当分海外へは渡航しない。どうしても致し方ない時は船を使う。最近はウイルス問題もあるし、危険は皆無と言えないけれど、韓国と台湾には赴かないといけないかもしれない。」誠司が静かに概要を伝える。
「Black Rabbits Lは、一応ARK直轄だけど、海外の魔女たちの総本山でもあるから、関所は設けるにしろ道は示しておかないといけない。ひかるが生きていることは、ある意味魔女たちの希望の星だからね。」
「あと、言いにくいのだけれど、昼間ARKから連絡があり、Black Rabbits Lを一時Ice Blueへ移譲したいとのことだった。かなり危険な業務が増えることが予想される。」
「お父さんはなんとお答えしたの?」
「お断りした。計画を修正したのも今回の話を聞いてみた結果である。」
「あとね、相馬君の家には行かないほうが良いかもしれない。今後しばらくという意味だけど。相馬君は、最近よくバニーズに来るだろ?以前と比べて雰囲気が少し変わった気がする。うまく言葉にできないのだけど、危険な雰囲気をまとっている。何かに取りつかれたような感覚を受けるんだ。」
「輝の世界なので、六芒星のダビデマーク、北極星だ。六芒星は亀を表し、占い世界の象徴とされる。組世界でもあるのでね、縁組の話が多く舞い込むと予測される。占いと言えば、私たちの場合Black Rabbits Lなので、さっそくIce Blueが縁組を申し込んできたわけだね。占い世界は、ひかるのほうが詳しいだろうけど。」
「私は、少し軍隊世界と接触しないといけないようだ。女の子たちを巻き込むわけにはいかない。横須賀のアメリカ駐留軍に行ってくる。簡単な装備配布だけだと思うから心配ないよ。補佐役として、赤田さとみさんが同行してくれるそうだ。」
△第七節 宇多歌い(Side猛&Side J)
横須賀行きの当日の朝早く、突然の来訪者があった。Ice Blueのしろがねだ。
「木下誠司さん、あなたがこれから赴こうとしているアメリカ軍はどんなところかわかりますか?頭にマイクロチップを埋め込んだ疑似テレパスだらけの兵隊世界です。ひとつ提案したいのですが、木下さんには、これから私たちと一緒に行動してもらいたい。現状では、それ以外の生き残り選択肢はありません。」しろがねが誠司に拳銃の銃口を向ける。上からハンカチをかぶせて銃身は見えないようにカムフラージュされている。
「お察しのとおり、我がIce Blueはアメリカ軍と敵対しています。一つ提案なのですが、“我々”のファミリーに来ませんか?木下の血筋はとても貴重なので大切にしたいのです。」
「“我々”と申しましても、Ice Blueではありません。“セイレーン”。宇多歌い世界です。今はこれ以上お伝え出来ませんが、極秘の結社世界の一つです。」
「今から、九州の鹿児島までフライトしませんか?西郷隆盛の四か国連合構想についてお話ししたいのです。」
「日韓併合も、大東亜共栄圏構想も、その元ネタを考えたのは、西郷隆盛です。北朝鮮、韓国、台湾、日本の連合国家構想。現状では、そのアイデアが最も現実に即していると思われます。北朝鮮には核がある。台湾には中国の原子力潜水艦がある。日本がアメリカから独立するためには、ぜひとも必要なカードです。」
「赤田さとみさんはどうなる?一人で横須賀まで行かせるわけにもいかない。」
「もちろん、木下ひかるさん共々、鹿児島までご一緒いただくことになります。よかったですね、素敵な娘さんが二人に増えて。」
「とりあえず、身を隠して2~3日待ちましょう。羽田空港の近くのホテルで数日過ごせば、状況が変化するでしょう。では、赤田さんは別のものがすでにお迎えに向かっていますので、木下親子様はこちらの車にご乗車ください。」
ビジネスホテルで合流した木下家一行は、翌日のニュースにわが目を疑った。世界が確実に変質をきたしているのを目の当たりにすることとなった。
「ベトナムの森林地帯に、インド製と思われる大陸間弾道ミサイルが配備されているのを、アメリカのスパイ衛星が映像でとらえました。アメリカは、事実確認を急ぐとともに、インド並びにベトナムに厳重に抗議する方針を固めました。」テレビの報道から緊迫した情勢であることが伝わってくる。
「木下さん、天の中心が、今二つあることにお気づきでしたか?輝が二つで輝輝(キキ)。昔の日本でいうと、南北朝世界、応仁の乱の幕開けです。」
世界が大きく傾き始めた。誠司には今、大きな歴史的転換点にいるという実感はまだない。
永遠のうた
ふたり姫篇Ⅱ
Fin.
松浦友宏(P.N芹 結=せりむすび)
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